sissy's log

ここからは 青い空とか岬とか 見える

『フェイクニュースの見分け方』の2  

ここからは山の斜面も見える。
桜が一気に咲き始めた。 
近所では、幼い姉妹がピカピカのチャリを
買ってもらうところに遭遇。
スキップしたりしてる。いいなあ。

 

前回のつづき。
実は、この本を読んでもプロパガンダには対応できない。
その件はまた後回しにして、21年夏に書いたものが
以下。

 

そもそもみんな、ファクトを知りたいんだろか?
スマホ脳』を読んだ際「フェイクニュースほど
速く広く拡散する」ことに驚いた&納得した。
みんなフェイクでもファクトでも何でもいいのね、と。
刺激的な話題なら。
盛り上がるのなら。
だから「ポスト真実」の時代、なのだね。
ファクトを積み上げ真実に至る、真実の次(ポスト)なんて
あるものか、真実より大事なものなんか無い、
と3年くらい前に鼻先で笑ったが、
現状、このザマだ。
コロナ祭りのワクチン祭り。

 

本の話に戻る。fairnessの話が面白かった。
「欧米マスコミはキリスト的フェアネス、公平性を目標と
しているが日本には元からそれが無い」と。
さらに
「現実の人間は複雑で多面的」、しかし/ゆえに
「対立構造化・単純化すると民にウケるので流行る」。
その結果、
世界は単純でフラットだと思い込む子供や若者。
その成れの果ての私(たち)。

 

まだまだ続く、烏賀陽氏のツッコミ。
権力と報道はいつの世も闘うのが常なのに、
最近の報道は忖度して自己検閲する体たらく。
取材なきオピニオンが多すぎ。
印象操作・過剰な修飾語多すぎ。などなど。

『ファスト&スロー』は情報消費者側のバイアスを、
この本は発信者側に生じるバイアスを扱ってると
言えるかもしれない。
それは故意だったり、テレビ局の能力のせいだったり、
事故だったりする。この本を読んで
それらの事情の一片でも知ることができ良かった。

 

しかし。2022年の今。

読んでもフェイクの全てを検出できるとは思わない。
そしてプロパガンダに対しては、ほぼ無効だろう。
フェアネスなんか1%も無い、あり得ない。
ファクトなど、そもそも必要ない。
発言者の身元を調べても無駄だ。
ノーベル賞を貰った科学者すらウソをつく。
そのウソの責任を、誰も引き取らない。
徹頭徹尾のフェイクなのだ。

 

そして烏賀陽氏自身プロパガンダを乗り越えていない。
(最新の記事を読む限り、おそらく)
失望する。がっかりだ。

 

どうすればいいか。
自分の脳でしっかり考える。
それしかない。

 

どのようにして?
「なにかが腑に落ちない」
「どうしても辻褄が合わない」
「ザワザワする、なにかが変だ」
そういったものを手掛かりにして
あきらめないことだ、と思う。
そしていづれ、解けるヒントが来る。
一気につながり、ほどける瞬間が来る。

 

あきらめない、というのは
「疑い続ける」ということだとも思う。
誰の、いかなる言説にたいしても
「完全には信じ切らない」。しかし
「陰謀説だと決めつけて排除」もしない。
ああ、なるほど、あり得るね、面白い考えだね、
それはちょっとどうかなあ?何を調べてみた?‥‥
こんなやりとりが出来るのも
「自由」の恩恵だ。
みんなそれを、享受してはいないけどね。

 

 

 

.